続きましてYouについて。
Youは、2012年、オーストラリアで書いた曲です。もう10年近く前のことになってしまいました。
メルボルンから北西にまっすぐ伸びるカルダーハイウェイにのって4時間半、300kmの道のりをひたすら、ひたすらまっすぐ進むと町が住んでいた街があります。人口およそ800人。日本の首都圏に住んでいる人にはあまり真実味がないかもしれないけど、街にあるものといえば、床屋、スーパー、バーが2軒、学校、病院、フットボールのグラウンドだけで、それ以外は半日もあれば数え終わるほどの数の住宅と、地平線の果てまで続く乾いた農場が延々と広がるだけの場所でした。
仕事に行くのに車が必要で、僕は1989年製の真っ赤なフォードのセダンを中古で買って、特に愛着を持っているわけでもなく使っていました。
当然、町には東洋人の20代前半の貧弱な男がひとりでできる娯楽はなく、月に一度、散髪にかこつけて車を直線で300km飛ばし、メルボルンまで日帰りで遊びに行くのが数少ない楽しみの一つでした。
海外で日本語を教えるという夢を叶えるために、就活も東京での生活も捨てて飛び込んだ先が、相談できる友人もいない、そもそも友人になりそうな歳の近い人間が住んでいない田舎のゴーストタウンで、僕は、この時期かなり精神的に参っていました。夜になると真っ暗になる田舎に閉じ込められ、逃げ場のない気分でした。しかも、仮に逃げ出して暗闇の中を真っ赤なフォードで永遠に走ったとしても、ドトールもスタバもジュンク堂もスタジオペンタもないのです。
振り返ると、まだ20代前半で自分という存在をなんとか形作ろうとしていて、あの大陸に広がる可能性にも気づけていなかったと思います。今の自分が戻ったら全く違う経験になると思いますが、あのときの未熟な自分が感じたものは、確かに苦しみと呼ぶべきものだったと思います。
ある週末、メルボルンにて散髪を終えた私は、まだ田舎の暗闇に帰っていくのが惜しく、通りかかった映画館で映画を見ていくことにしました。そのときやっていたのが、Nick Drakeのと、Blaze Foleyのドキュメンタリーの2本立てでした。
狭い映画館で、会場には僕の他に若い女性と、あと数人くらいしかいなかったと思います。告白すると、当時はNick Drakeのこともよく知らず、Blaze Foleyについても全く無知で、とにかく時間を潰せることと、何かしら音楽に関わること、という理由だけで見た映画でしたが、二人の偉大な音楽家との出会いはとても重大なものでした。
Nick Drakeについてはまたどこかで触れる機会もあると思いますが、今回はYouに関係するBlaze Foleyについて紹介しましょう。
Blaze Foleyは1949年生まれのテキサスのカントリーシンガーで、日本ではWikipediaさえ存在しないようですが、正直私もその映画を見ただけなので、本国での知名度などは詳しくしらないのです。10年近くたった今でも印象的に覚えているのは、とにかく酒飲みだったこと、友人の息子に射殺されたこと、そして、遠く離れた愛する人へ書いた”If I Could Only Fly”という曲に、強く心打たれたということです。
飛んでいけるのなら会いに行きたいという曲なのですが、相手を思う気持ちと、でも会えないという現実と、やりきれない思いが、その時の自分の境遇にかさなってしまって、とても強烈な印象が残っています。
Youは、このBlaze Foleyの”If I Could Only Fly”に感銘を受け、遠く離れた人への想いを歌った歌です。オーストラリアに持っていったガットギターで作ったのです。音楽だけが救いだったあの時期、手元にギターがあったのは本当に幸運なことだったと思います。
辛い思いもあったオーストリアでしたが、思い出すとやはり懐かしい気持ちもあるのは不思議なものです。今でもYouを歌うたびに、オーストラリアの空っぽの大地にひたすら伸びるカルダーハイウェイの景色と一言で語りきれない思いが、やっぱり思い起こされるのです。
今回リリースするテイクは、ギターをうちの弟が弾いてくれました。僕が2012年にオーストリアに持っていったガットギターは、今は弟が使っていて、このガットギターで演奏したいなと思ってどうせだから持ち主に弾いてもらうと思ったのでした。
ボーカルは今の僕の心に浮かぶ大切な人を思って新たに吹き込みました。ベースやキーボードは2012年のテイクをそのまま使っています。キーボードソロは、そのころ繰り返し見ていた Pascal Pinonの KEXPのライブ映像の雰囲気に影響を受け、練習も準備もせずにcasioのキーボードで一発録りにしたものです。
以前Bandcampでリリースしたバージョンはこちらから聞いていただけます。
それでは、今日はBlaze Foleyの”If I Could Only Fly”でお別れです。
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